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京都地方裁判所 昭和59年(モ)1590号 判決

A事件申請人(B事件被申立人。以下「申請人」という。)

北村豊蔵

右訴訟代理人弁護士

橋本盛三郎

浜田次雄

松浦武二郎

松浦正弘

山下潔

A事件被申請人(B事件申立人。以下「被申請人」という。)

明星自動車株式会社

右代表者代表取締役

橋本等

鈴木勇

右訴訟代理人弁護士

南出喜久治

小林昭

右小林昭訴訟復代理人弁護士

大戸英樹

主文

(A事件)

一  申請人と被申請人間の当庁昭和五九年(ヨ)第八五八号新株発行差止仮処分申請事件について、当裁判所が同年九月一二日なした仮処分決定は、これを取り消す。

二  申請人の本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用中、異議申立てまでに生じたものは申請人の負担とし、その余は被申請人の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

(B事件)

一 被申請人の本件仮処分取消申立てを却下する。

二 訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(A事件)

一  申請人

1 主文(A事件)第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を認可する。

2 訴訟費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

1 主文(A事件)第一、二項及び第四項と同旨

2 訴訟費用は申請人の負担とする。

(B事件)

一  被申請人(申立人)

1 本件仮処分決定を取り消す。

2 訴訟費用は申請人の負担とする。

二  申請人(被申立人)

主文(B事件)と同旨

第二  当事者の主張

(A事件)

一  申請の理由

1 被申請会社は一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(貸切バス事業)等を業とする株式会社であり、申請人はその株主である。

2 被申請会社は、昭和五九年八月二三日開催の取締役会において、別紙目録記載の第三者割当の方法による新株発行の決議をした(以下「本件新株発行」という。)。

3 商法二八〇条の二第二項違反

被申請会社の株式は非公開株式であるところ、その一般的な評価方法である純資産評価方式と類似業種比準方式を折衷することによつて、本件新株発行当時の被申請会社の株式の時価を算定すると一株当たり八六二三円となる。ところが、本件新株発行価額は三九〇七円と著しく低額であり、したがつて、本件新株発行は特に有利な発行価額をもつて第三者に割当てるものとして株主総会の特別決議を要するにもかかわらず、これがなされていない。

4 著しく不公正な方法による新株発行

本件新株発行は、その必要もないのに、もつぱら多数派工作のためになされたものであつて、著しく不公正な方法による発行というべきである。すなわち、本件新株発行の割当先の株式会社明星観光サービス(以下「明星観光」という。)は被申請会社の代表者両名が代表取締役を兼務する会社であるから、本件新株発行によつて右両名の支配する株式数は被申請会社の発行済株式の総数の過半数を超えることになること、本件新株発行に対応する資金需要は客観的に存在しないし、また、被申請会社の資金面からみても、その必要性は全くないこと等の事情に照らせば、本件新株発行が、もつぱら右両名の経営方針に反対する申請人らの勢力を低下させ、自己の支配権を確立する目的に出たものであることは明らかである。

5 定款違反

被申請会社の定款で定められた発行する株式の総数は一〇万株であり、発行済株式の総数は七万株であつたところ、同年七月一六日開催の取締役会で更に三万株の新株発行を決議しているから、本件新株発行の決議時における被申請会社の発行済株式の総数は既に一〇万株に達しており、これによると本件新株発行が定款に違反していることは明らかである。

6 以上のとおり、本件新株発行は、法令もしくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によるものであつて、これにより、申請人は、経済的損失や議決権割合の低下はもとより、現経営陣の経営を抑制できないことによつて多大の損害を被る恐れがある。現に、現経営陣は、申請人ら反対派の勢力を抑え込み、被申請会社の黒字部門である貸切バス事業部門を分離して新会社に移し、赤字部門のタクシー事業部門を被申請会社に残すという一般株主にとつては不利益でしかない施策を強行しようとしているのである。

7 そこで、申請人は、本件新株発行の差止請求訴訟を提起したが、被申請会社において本件新株発行を強行すれば右訴訟は無意味に帰するから、これを保全するためその差止を求める本件申請をなし、同年九月一二日、その旨の本件仮処分決定を得たものであるが、右決定は相当であるので、その認可を求める。

二  申請の理由に対する答弁及び被申請人の主張

1 申請の理由1、2の各事実は認める。

2 同3の事実のうち、被申請会社の株式が非公開株式であること、本件新株発行につき株主総会の特別決議を得ていないことは認める。

なお、被申請会社程度の規模の会社で、かつ清算を前提としない場合には、非公開株式の評価は類似業種比準方式によるのが最も妥当であるので、この評価方法に従い、本件新株発行当時の被申請会社の株式を算定すると、一株当たり三九〇七円となるところ、この価額をもつてなされた本件新株発行が特に有利な発行価額をもつてなされたものといえないことは明らかである。

3 同4の事実のうち、被申請会社代表者両名が明星観光の代表取締役を兼務していることは認めるが、その余の事実は否認する。

被申請会社は従前からバス駐車場の造成計画を有していたところ、同年三月ころ右造成工事の実施を決定したことにより、これに要する総工費七三六〇余万円のうち、当面、一期工事分三〇〇〇万円の資金需要が生じたため、本件新株発行に踏み切つたものである。また、明星観光に対する第三者割当の方法によつたのも調達効率を考慮したからであつて、本件新株発行に何ら不公正な点はない。

4 同5の事実は認める。ただし、申請人主張の新株発行は払込みがなされなかつたため、既に失効している。

5 同6の主張は争う。

6 同7のうち、本件仮処分決定に関する事実は認める。

7 申請人の本件申請は株主権の濫用である。すなわち、被申請会社と競争関係にあるエムケイ株式会社は京都市におけるタクシー業界の市場支配を企図し、被申請会社の株主で元代表取締役でもあつた申請人を不当に誘引、強制するなどの手段でかいらい化し、これを介して、他の株主や役員の保有株式を不当に買収するなど、被申請会社に対する不当な攻撃をかけているものであつて、これらはいずれも独占禁止法に違反する行為である。そして、これら一連の攻撃の一環として、申請人において本件申請に及んだもので、これは株主権の濫用以外の何ものでもない。

8 被申請会社は、本件仮処分決定にもかかわらず、本件新株発行の払込期日である同年九月一四日までに、割当先の明星観光からその発行価額全額の払込みを受けたので、本件新株発行は既に効力を生じており、本件申請の被保全権利は消滅している。

仮に、本件において被保全権利の変更が可能であるとしても、その本案である商法二八〇条の一五所定の新株発行無効の訴えは、右第一項所定の提訴期間内に提起されることを要するところ、申請人は右提訴期間内にこれを提起していない。

したがつて、いずれにせよ、本件申請の被保全権利は存在しない。

三  被申請人の主張に対する答弁及び申請人の反論

1 被申請人の前項7の主張は争う。

2 同8の主張は争う。

本件においては、本件新株発行価額の払込みはなされていないし、そうでないとしても、それは本件仮処分決定に違反してなされたものであるから、新株発行の効力は発生しない。

仮に、本件新株発行の効力が生じているとすれば、申請人は、予備的に、本件申請の被保全権利を新株発行無効の訴えを本案とするものに変更する(なお、申請人は、昭和六〇年一二月二日、本件の本案訴訟においても、適法に、当初の新株発行差止請求の訴えから新株発行無効の訴えに訴えの予備的変更をした。)。また、被申請会社は、B事件の申立てをするまで、本件及び右本案訴訟においてこの点に関する主張を全くしないばかりか、新株発行に伴う変更登記や財務諸表等の記載の変更をしないなど、明らかに右払込みの事実を故意に秘匿してきたものであつて、今更、本件新株発行の効力が生じている旨主張するのは、信義則違反等の理由により許されない。

(B事件)

一  申立て理由

本件仮処分決定は既に仮処分の理由が消滅しているものであるから、その取消しを求める。

その理由は、A事件の第二の二の8記載と同一である。

二 申立ての理由に対する答弁及び申請人の主張

A事件の第二の三の2記載と同一(ただし、「同8の主張」とあるを「申立ての理由」と改める。)である。

第三 疎明関係〈省略〉

理由

第一A事件について

一まず、本件申請における被保全権利の存否について判断する。

1  被申請会社が昭和五九年八月二三日開催の取締役会において別紙目録記載の新株発行の決議をしたこと、同年九月一二日これを差止める旨の本件仮処分決定がなされたことは、当事者間に争いがない。

また、〈証拠〉によれば、被申請会社は、本件新株発行の払込期日である同月一四日までに、本件仮処分決定に違反して、その割当先である明星観光から本件新株発行価額全額の払込みを受けたことが認められる(なお、〈証拠〉によれば、被申請会社の帳簿上、右払込金がその後明星観光に返戻されたかのような処理がなされていることが窺われるが、これが単なる帳簿上の処理にとどまり、現実に同会社に右払込金が返却されたものではないことは、〈証拠〉に照らして明らかである。)。

以上によれば、本件新株発行は、右払込期日の翌日である同月一五日にその効力が生じたものというべきであり、右のとおり、本件新株発行額の払込みが本件仮処分決定に違反してなされたものでも、そのことによつて本件新株発行の効力の発生が妨げられるものではないと解するのが相当である。

2 ところで、本件申請の被保全権利は商法二八〇条の一〇所定の新株発行差止請求権であるが、これは新株発行が効力を発生するまでの事前の防止策として認められたものであるから、一旦新株発行の効力が発生してしまえば、その差止ということはありえず、したがつて、新株発行差止請求権もありえない。そして、右のとおり、本件新株発行は既に効力を生じてしまつているものである以上、本件申請の被保全権利が存在しないことは明らかである。

なお、申請人は、予備的に、本件の被保全権利を新株発行無効の訴え(同条の一五)を本案とするものに変更する旨主張している。しかしながら、右被保全権利の変更は必然的に申請の趣旨の変更を伴うものであるところ、仮処分異議訴訟手続は原決定を再審査する趣旨をも有するものであるので、本案訴訟におけるのとは異なり、申請の趣旨を変更することは許されず、このような場合は新規の仮処分申請によるべきものと解されるから、申請人の右主張は採用できない(もつとも、申請人は、どのような申請の趣旨に変更するのかすら具体的に主張していない。)

したがつて、本件申請は、その被保全権利を欠くものというほかない。

3 なお、以上のように解し、被保全権利を欠くものとして本件仮処分決定を取り消したとしても、新株発行差止仮処分の意義を不当に没却するものとはいえない。けだし、仮処分決定が取り消されても仮処分の事実自体がなくなるものではなく、その事実は、右取消しの有無にかかわらず、事後的救済としての新株発行無効の訴えにおいて考慮されうるものであるし、また、新株発行差止請求の差止事由は、仮処分違反という事実があつてはじめて新株発行無効の訴えの無効事由として主張することができるものと解するのを相当とするから、その限りにおいて、新株発行差止仮処分の発令はなお十分な意義を有するからである。

二また、申請人は、被申請人において本件新株発行の効力が既に発生していると主張すること自体信義則違反等の理由により許されない旨主張するけれども、A、B両事件の全疎明中にも、このように主張すること自体を排斥すべきような事情を認めるにたりる資料はない。

三そうすると、本件申請は、被保全権利の疎明がないことに帰し、その余の点について検討するまでもなく失当であるので、本件仮処分決定を仮執行宣言付きで取り消したうえ、本件申請を却下すべきである。

第二B事件について

前記のとおり、A事件において、本件仮処分決定が仮執行宣言付きで取消されるべきものである以上、同一の仮処分決定の取消しを求めるB事件の申立てが、その申立ての利益を欠くものであることは明らかである。

第三よつて、A事件については本件仮処分決定を取り消したうえ本件申請を却下し、B事件については同事件の申立てを却下することとし、A事件の訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九〇条、仮執行宣言につき同法一九六条、B事件の訴訟費用の負担につき同法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鐘尾彰文 裁判官下山保男 裁判官小野洋一)

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